思う存分叫びたいがために

物理的な苦痛を敢えて好むマゾもいる。


現代社会において、

一番やりにくいことは、



人前で泣くことよりも


叫びたいときに思う存分、
声も枯れん限りに

叫びまくることではないだろうか。





大声を出すと言う事は、

東洋医学的にとてもいい効果が有る。


特に、アレルギーなどで
身体の熱循環が上手くいかない時は

肺から大量の呼気を出すことで

熱を発散できるからだ。



よく、ストレス発散に


独りカラオケ、

または、

車の運転中に大声で歌う


という方法を取る人もいるだろうが、



ストレスにせよ、

余分な熱にせよ、



さっさと身体の外に出してしまうに限る。

溜めこむものでは無い。




叫ぶことは、手放すことでもある。



痛いときに、「痛い」

怖いときに、「怖い」

嫌なときに、「嫌だ」



大人になればなるほど、
素直に言えなくなる。



SMプレイ中に、

初手からいきなり


「痛い」「熱い」「嫌だ」と

鼓膜が破れんばかりに叫ばれても、


それを鵜呑みにする責め手も、主人も少ない。




何故か。


自分の責めている強さ加減は、
責め手側が一番理解しているからだ。


だからといって、

叫ぶのを止めさせたりはしない。


それも、

ウォーミングアップになるからだ。


叫ぶことで
自分が普段かぶっている
「普通の人」の皮を剥いで


マゾとしての自分にスイッチを入れる行為になる。



ジェットコースターのように、

感情を引き上げていくには、

叫ぶことも必要なのだ。



阿鼻叫喚という四文字熟語が

字面的に好きなのだけれど、


実際に、

耳をつんざくように叫ばれると


完全防音の場所で無い限り、
流石に一瞬、素に返ってしまう。


なので、

壁が割れんばかりに
泣こうが喚こうが
誰にも遠慮しなくていい場所で
折檻したら、



最初と最後で
どんな表情の変化が有るのだろうと

とても興味が有る。



恐らく


憑き物が落ちたような
スッキリとした顔つきになるのだろう。



ただ単純に、

絶叫させるだけなら



無理矢理バンジージャンプさせればいいが



それではやはり、つまらない。


たった数分で終わってしまう。



徐々に追いつめられた後に


内臓を口から吐きだす勢いの
叫び声を上げ、

ぐちゃぐちゃになった顔を
恥も外聞もなく晒している姿を


ジックリと観たい。



ここまで書いて、
本当に私は酷い嗜好をもっているなと
改めて思う。


唯一の救いは、

見境なく実行に移さない
分別を弁えている点だと思う。



TAMAKI