意外だと思うかもしれないが、

SMを長年されている責め手さんには


料理を振る舞って、
他人に食べさせるのが趣味


という人が多い。



「おもてなし」

という言葉が
一時期、流行語大賞になったけれど、


食べ物と言う分かり易い餌に限らず、

基本、「他人に何かを与える」ことを
息をするように自然と出来る人が

主人としての素質を持ち合わせているのだと思う。



自分が工夫して作った料理を
皆が美味い美味いと喜んでくれることも

SMで責め苦を施すことも


私は、どちらも根っこの部分は
同じだと感じている。


「相手の関心を引く」


これは人それぞれに合ってるやり方は違うけれども


最初に餌を与えて、
徐々に手懐けていくというのは


生き物が栄養を摂らないとならない


という構造上、


シンプルかつ絶大な効き目があることだ。



勿論、食べ物を与えて
胃袋を掴むことだけが
「餌付け」とは限らない。



それは、手懐けたい相手によっては


やりがいのある仕事であったり、
言葉で分かり易く褒めることだったり、
性的な欲求であったり、
金銭や社会的地位かもしれない。



だから、


「餌付け」には時間も必要なのだ。



相手の望みを探り、
何に喜ぶのか。


そして、何を恐れているのか。



相手の恐れや不安を取り除いてやる「餌」も
とても大事なことだ。



食べ物で例えると非常に分かり易いが、


「美味しかった」


という記憶は、
脳内で再生しやすい。



「気持ち良かった」


これも同じように
直ぐ思い出せる記憶だ。



人間の本能は、
安全安心な環境を選ぶようになっている。


生き残れる可能性を高くできるからだ。



そして、

「美味しかった」「気持ち良かった」

という幸せな記憶を


より多く感じて、
一瞬一秒でも長生きしたいと

何かを決める時に
咄嗟の判断で選ぶからだ。


だから、


その体験をさせてくれる

ここに居れば飢える心配が無い


そう理解するから、


動物のしつけに
食べ物を与えることを組み合わせるのは


とても当たり前の事なのである。



人間の場合は、

食欲や性欲のような生理的欲求と


褒められたい、
幸せになりたいという
承認欲求があるからこそ


「餌付け」もいろんなやり方で
行わなければならない。



そして、


忘れてはならないことは


「餌」の質や回数が減れば、


当然、


もっと良い「餌」が有る場所を探すのも

生き物として当たり前の事なのだ。




「釣った魚に餌やらぬ」


という事態になるのは、
「餌付け」したことで満足してしまうからだ。



「餌付け」した以上、
ちゃんとケアをする。



それが出来てこそ、

初めて飼い主として認められるのだ。



SMでの主従関係は、

どちらか一方が選んでるようでもあり、

また、お互いに相手を選んだうえでの

コミュニケーションだと言う事。



だから、


料理の上手い下手はともかくとして、


胃袋を掴むのが趣味な責め手さんが多いのだ。



一人でも多くの相手を
幸せに出来るから。




TAMAKI