音という波動は、
本当に雄弁で素晴らしいものだ。


旧約聖書の始まりは、
光が在り、そして言葉が出来て
この世界が始まったという書き出しだ。


光も波動、つまり見えないエネルギー。

そして、言葉は音に意味を持たせた
同じく見えないエネルギーだ。


見えないエネルギーと書くと、
眉唾な話のように聞こえるかもしれないけれど、

音は波動であると言う事は
ヘルツという単位で世界的に表示されることで
科学的に証明されている。


だから、


声に人を支配する力が有ることは

実はオカルトでもなんでもなく、

科学的に根拠が有る事実なのだ。


今、大ブームになっている
鬼滅の刃と言う漫画でも

声や音に関することを少し取り上げているが


目で見えるものの次に
私たちの脳に入ってくる情報の量が多いのは


耳から聞こえる音である。


そして、


音の強弱や高低によって

何かを伝え表現するのが、

歌や楽器による音楽という

世界共通言語である。


よく、モーツアルトの音楽を聞かせた果物が
とても美味しく育つとかいうのも


ある種の音域やリズムが
細胞へと働きかけるという一つの
科学的な実例である。



私は、SMで「声」という道具が
とても重要だと確信してきた。



言葉も、話し方も
どちらもとても重要なのだが、


声フェチ、というように


皆それぞれに、
すんなり入ってくる声の波動は
違うと思うし、


どれだけ上手い歌唱力が有っても
その人が持つ地声の波動によっても、


相手への伝わり方は違うのだ。


そうでなければ、


世界中に大絶賛されつづける音楽や歌い手は
存在しない。


言葉と言うのは、
人の内面も伝える諸刃の剣なので、


親しい間柄であっても
誤解を招き、関係性がこじれることだってある。


相手をある程度知った上で、
聴く声や歌と


ふと、何かの拍子で耳にする歌では


本来なら、見知った相手の方が
有利な評価を得られるはずだ。


でも、実際に

私たちのほとんどは

今世界中で最も聴かれている歌を
歌っている本人のことを

歌手の一面でしか知らない。



それでも、その歌声に惚れ、
海を越えてライブへ行ったり、
自国でのライブが有れば
全ての都合をつけて駆け付けるように


誰かの心を、
その人の人生すら動かしてしまうくらい


言葉と感情を載せた声は
強く鷲掴みにできるのだ。




自分の身長や骨格を
選べないように

私たちは、声を選べない。


ボイストレーニングなどで
ある程度、理想に近い
発声が出来るようにはなるけれど


ボーイソプラノの澄んだ高音が
声変わりするまでの
貴重な天使の歌声と言われるように、


声と言う個性は、
生まれながらのものだ。



そして、


相手を説き伏せよう、

支配しようとしなくても

何故か従いたくなる声の持ち主は


漫画の中だけでなく、
現実に存在するのである。



声のエピソードで
とても好きな映画がある。


「英国王のスピーチ The King's speech 」


声は、他人に伝えたくなく自分の事を
伝えてしまうということも


この映画では取り上げている。



声を巧みに操ることで

相手を支配するのも、

主従関係の固め方ではあるが、



やはり、


他意もなく相手を惹きつける声であれば

もっと容易く、

自分の手の内に取り込める。



世の中が上手くできているなと思うのは、


本当に「相手を膝間づかせる声」の持ち主は

おそらく権力などに無縁の人なのだろう。



ヒットラーは、演説が上手かったのと
心の底から強い憎悪があったから
一瞬の天下を掴みかけたが、
ナチス帝国は過去の遺物になってしまっている。



声と言う諸刃の剣を携えて、
自らを奮い、努力し
国民に語りかけた英国王のように


人を自分の意のままに
動かそうと思うなら、

上辺だけではなく、
内面も置き去りにしてはならないなと
書きながら、再確認する次第である。




TAMAKI