SMを連想させる単語として、

不条理がある。

不条理小説というジャンルがあり、

その代表作にカミュの「異邦人」や
カフカの「変身」などがあげられるのだが


とにかく


「そんなのありえるわけないじゃん!」


 という突拍子もない展開が
小説として成り立ってる作品なのだが、


不条理と言う言葉も、
カミュの書いた哲学書が由来だそうなので


筋道が通らない、という意味として
この言葉が認知されている理由に
カミュ本人が、常に


世の中を不条理なものとして見ていた


と考えた方がいいと思う。


では、

逆に条理とはなんだろうか?


自由は人それぞれに捉え方はあるが

大枠として


「自分の意志をで行動できる」


という共通した認知がある。




不条理と言う言葉も、

イメージ先行で使われている言葉で


不と頭に否定語が付いているから、
なにかしらを否定する言葉だとして


なんとなくお決まりの文句になっていると思う。


条理とは、

「条」に、箇条が気にされた文章や筋道。

「理」に、法則、さだめ。

これらの意味が有ることから

「物事の道理。筋道。人間として正しい道。」

として作られた熟語である。


だから、不条理は

「筋が違う。あってはならないこと」

と言う意味になる。



SMを深く知らない人からすれば、

まさに「あってはならない」ことの連続だろう。



射精寸前まで高められて、
許可があるまでお預けをくらうなんて


普通の性行為のなかでは、
「ありえない」出来事だし


合意の上とはいえ、

相手の身体的自由や五感を管理したり、

身体を汚したり、

恥ずかしい恰好を強要したり、


「普通じゃない」ことが
あたかも「普通である」ように行われる。



そして、SMが日常に組み込まれていけば

その不条理に飼いならされていくのである。



一言では説明の出来ないモノというのが
世の中にはたくさん有る。



最初に紹介したカミュは


人生そのものが不条理だと
自分の作品を通して訴え続けた。


生きることは、

生き物の定理である生死と子孫繁栄
本来はこの2つに集約される。


しかし人間には、

100年近い寿命が与えられるようになり、

個人としてだけではなく、

家族や集団、社会のなかでの筋道に合わせて

生きていくことを余儀なくされている。




ここ数か月の世界も

まさしく、不条理そのものだ。



これまでの筋道が全て覆されて、

経済、教育、娯楽、
いろんな不自由が起きている。



そのくらい、


わたしたちの「当たり前」「普通」は
あっけなく覆されてしまう不安定なものなのだ。


世の中に不思議なことは何もない。


よく使いまわされた言葉だが、


半日前の行動が1つでも違えば

明日の未来が変わることがあると


過去を振り返って、
その時撮った自分の行動に感謝した覚えがあるだろう。



自分が今生きてることすら
偶然と偶然が点と点でつながった
奇跡の連続なのだ。


自分の命日すら、分からないまま、
私たちは生きていく。

いつまでやりたいことを出来続けるのかも
本当は、誰にもわからない。



だから、そもそも
世の中は予測不可能であると知り

不条理を受け入れて生きていくことは

SMだけでなく人生をより生きやすくすることに

とても重要な視点になると思う。



TAMAKI