よくSMに馴染の無い人から聞かれる質問に
「マゾと奴隷の違いは?」
というのがある。
ちょっと解かりにくい例えになるが
お菓子
と
有名菓子職人の作った苺のショートケーキ
というくらい違う。
マゾというのは、
人間の性質の部分を指す言葉で、
そこには、行動パターンを含め
さまざまな状況に置いて、
自分が何かに抗うことに若干の悦びを感じて
それを活力にできる人たちや状態を指すと
私は考えている。
だから、マゾという言葉は
個人を指すときもあるが、
不特定多数に使うことも多い。
しかし、SMでいう奴隷と言うのは、
誰かに隷属している個人、
または限定された複数人を指すので、
不特定多数には使う言葉ではない。
隷という漢字は、
とても興味深い成り立ちをしている

「神に捧げられた生贄」
それが、しもべであり奴隷なのである。
しもべと言うと、
私の中では、横山光輝さんの「バビル2世」だ
その中でも、ロデムの果たすポジションが
一番、理想のしもべに近い。
では、しもべと奴隷は何が違うのか。
私の中で、奴隷という存在は
ちょっと捉え方が
他の女王様、御主人様方と違う気がするけれど
「神に捧げられた生贄」にとても近い。
奴隷=召使というのが、
世間一般的な認識だと思う。
それは、
人類の歴史上、
強いものが弱いものを支配するという
弱肉強食ルールによって
戦争が起こるたびに、
敗者は奴隷として隷属を強要されたからだ。
もっと残念な歴史を指摘すれば
自分たちよりも豊かな知恵を持ち、
優れた身体能力を持つ人たちが築き上げた
自然と上手に共存していた文化を根絶やしにし、
無理矢理、荒れ果てた地へ連れ去っている。
そういう視点から見ると、
奴隷と言う言葉や歴史的背景に対して
正直、あまり好ましくないなと私は思う。
勿論、植民地支配や奴隷交易が行われた結果に
アメリカで生まれたジャズやリズム&ブルース、ゴスペル
素晴らしい文化もあるし、
紅茶、コーヒーやチョコレート、胡椒
ジャガイモやトマト、ナスなどもその恩恵で
私たちの食卓を彩ってくれる。
私たちが普段当たり前に手にしているものは
奴隷交易や植民地時代の副産物だ。
全ては、良い面とそうでない面の表裏一体なのだ。
物理的な力で隷属させられた場合、
必ず、反撃される。
これが、弱肉強食ルールではまかり通る。
不満は下剋上の芽になるからだ。
歴史と政治の視点から見ると、
人類の歴史はその繰り返しである。
だが、崇拝や畏怖という
精神的な隷属であれば、
物理的なものよりは、多少ましで
上手く作用すれば、
言葉一つで隷従をより強固なものへと出来る。
私は、精神的な隷属に基づいた上で
「神に捧げもの」として選ばれたしもべを
自分の眷属として扱う主従関係が理想だ。
これは、叶恭子さんの名言にも通じているのだが、
『ゆるぎない経済力』
『たぐいまれな芸術的才能』
『逆境を乗り越えられる知恵』
『海より深い他人への思いやり』
『鋼のメンタル』
この5つの内、3つが該当すれば
専属奴隷見習いとして
扱ってもいいかなとは思う。
見習いから無事育つかは、本人次第だ。
叶恭子さんはお優しいから、
美貌、経済力、愛情の3つのうち
2つがクリアできれば、
交際相手として充分だとおっしゃるが
SMの主従関係には、
外見の美醜よりも
精神的な強さと体力のほうが重要だし、
一から手取り足取り育てるのも
それはそれで楽しいが、
いつまでも愚図だなんだと罵るのは
出来れば御免被りたい。
私の専属奴隷、と呼ぶならば
どこに出しても恥ずかしくないくらいの人間性や
魅力をもつ自慢の奴隷であって欲しいのだ。
勿論、あくまでも理想論なので
「よし、飼ってみよう!」
とプレイ中に何かしらピンときたら、
じわじわと飼殺そうとするかもしれない。
SMでの主従関係は、
お互いに相手を選んだうえで始まる。
だから、
隷属する側も
主人に見限られないよう
努力を怠ってはならないが
隷属させる側もまた、
尊敬に値する主人で在り続けることが大事。
そのお互いに切磋琢磨できる状況が
SMで得られる最も素晴らしい人間関係の築き方だと思う。
TAMAKI
見習いから無事育つかは、本人次第だ。
叶恭子さんはお優しいから、
美貌、経済力、愛情の3つのうち
2つがクリアできれば、
交際相手として充分だとおっしゃるが
SMの主従関係には、
外見の美醜よりも
精神的な強さと体力のほうが重要だし、
一から手取り足取り育てるのも
それはそれで楽しいが、
いつまでも愚図だなんだと罵るのは
出来れば御免被りたい。
私の専属奴隷、と呼ぶならば
どこに出しても恥ずかしくないくらいの人間性や
魅力をもつ自慢の奴隷であって欲しいのだ。
勿論、あくまでも理想論なので
「よし、飼ってみよう!」
とプレイ中に何かしらピンときたら、
じわじわと飼殺そうとするかもしれない。
SMでの主従関係は、
お互いに相手を選んだうえで始まる。
だから、
隷属する側も
主人に見限られないよう
努力を怠ってはならないが
隷属させる側もまた、
尊敬に値する主人で在り続けることが大事。
そのお互いに切磋琢磨できる状況が
SMで得られる最も素晴らしい人間関係の築き方だと思う。
TAMAKI